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歪な夢のカケラ

Everything is gonna be all right

「好き」とか「嫌い」とか

自担が好きな理由は人それぞれ、十人十色。
顔が好きとかキャラが好きとか雰囲気が元カレと似てて何だか惹かれるとか。
ただね、それは「好き」という括りの中にあるもの。
ファン(今回はヲタクもファンも一般も茶の間も全てこの表記)だったら「好き」っていう感情があって当たり前でそれを誇りとして持ってると思うのね。
今回この記事を書こうと思ったのにはフォロワーさんの泣き虫担のツイートを一読して私なりの解釈が生まれたことがきっかけ。
どっちかっていうと同意的で肯定的。

ずっと細身で「これ折れるわ」って何度か思ったこともあるんだけど、ここ最近はガタイが良くなってきて腕も曲げた時に骨張ってないすごく男らしい体つきになって。
その雅紀を。
「拒否」したらそれってもういくら足掻いても愛が生まれないと思うんです。
誰がなんと言おうと今の雅紀は今現在の、雅紀自身の努力から成されたものな訳じゃない?
それを否定してまで雅紀に求めるものって一体どこにあってどこに行き着くのが正解なのかな・・・

ファンって歯食いしばってアイドルについていくもんじゃないでしょ?
好きだから見るんだよ。
好きだから追うんだよ。
好きだからやってることに対して、アイドルが自分好みじゃなくなったらそこでファンを辞めたって構わないと思う。
誰も止めないしアイドルには大して響かないし大丈夫。
それでもファンであり続けるのってファン本人も辛いだろうし、「あれが嫌」「あそこが気に食わない」なんて言ってたらそれアンチって部類に振り分けてしまって正解だと思う。
「好き」がなくなったらそこからはもう何一つ生まれない。
アンチと一緒だと、私は感じてしまう。
ある意味雅紀の努力を貶して否定して過去を栄光として崇め奉るのって人格否定に値するとも思う。

「願わくば・・・」という希望を捨てきれないのは私も一緒。
細身も金髪も超好みだしきゅんきゅんするけど「今」をきちんと見つめなきゃダメな気がするんです。
ニノ担の友達が「今 が一番の最初で、その 今 を自分たちが見届けることが最大の幸せ」だと私に教えてくれました。
「過去」を知るより「今」を感じる方がよっぽど賢い選択なんじゃないかと。
本当にはっとしました。
今日が昨日になった時点でそれはもう過去なんですよ。
今回のJaponismツアーの「今をどう生きる?」とは過去を踏まえた上で未来に目を向けろ、というメッセージが織り込まれてると感じました。
「ただ、前だけを」
「TOPになりたい」
「最初で最後のパイオニア
そういう人たちなんです、嵐って。
「あの頃」と「今」は違う。
その変化と成長、そして「これから」にもっと向き合うべきだと。
ここまで来るともう、好きも嫌いも関係ないのかなぁ。
あると思いますけどね、私自身は。



ここのブログは私の考えや気持ちを改めて整理する場所です。
一概に「これが相葉担」と捉えないよう、お願いします。
こんなふうに考えてる人もいるんだくらいの気持ちでお読み下されば幸いです。

やっぱり、どの角度から見ても相葉雅紀は大きい人です。
生まれ持ったその優しさに目を向けた方がきっと得るものは多いと・・・思います。